2016年10月11日火曜日

季節が変わって、感覚が鋭くなる。
人間関係のちょっとした段差すら裂けるような痛みを覚える。
いまはすべてのことが痛い。あまり自分以外の物事に触りたくない。

2016年10月3日月曜日

「なにか定期的な連載をしてみたい」といま思ったけど、やるならなにをしようか。

2016年6月13日月曜日

何年か前に比べたら、私は私のことをよく知ってきたと思う。理解者は常にあってほしい。できればそばにいてほしい。でも一番の理解者は誰よりも自分自身じゃないといけないと思う。幸せって思うことが以前より増えてきたけど、それは同時に幸せは永遠のものではないと思い続けなきゃいけないことでもあって、だからもしものときを恐れて自らそういうものを突き放していた時期もあったけど、いまは「どれだけ永遠に近づけるか」って考え方に変わりつつある。人と足並みを意図的にずらすのはとても勇気がいるけれど、これ以上自分を傷つけてもしょうがないから。

ここ2,3年で記憶力が一気に悪くなったように感じる。病気や薬の影響かもしれないし、単純に頭を使うことが減ったからかもしれない。忘れっぽくなった頭でも覚えておきたいことはたくさんあるのに、いつのまにかするりと抜け落ちてしまって、思い出そうとしてもそこだけ最初から何もなかったみたいに消えている。いつの日か何もかも忘れてしまって、何も思い出せない、何も覚えられないようになってしまうのかもしれないと、実は少し恐れている。

2016年5月16日月曜日

顔のない男性とセックスをする
とどこおりなく事は終わる
ただキスができないだけ
それがどうしたというのだろう
だって顔があったほうが喋るし見られるしとにかくやかましい
顔がない方がよっぽどいい
下半身だけで良いというならもはや男性など必要ない
贅沢だろうか
手の届かぬ女の顔をわざわざ剥いで
手頃な女にかぶせてセックスしているような
君にはわからないだろうね

2016年2月17日水曜日

それまである一定の距離にいた人が一夜を境に別物になって、私の中にもぐりこんできたような感覚になった。
内に住まわれながらまさぐられている気分だ。
こういうのは慣れてしまったら終わりだなと思う。
違和感と疑いと言うと聞こえが悪いが、軽やかに言えば胸の高鳴り。
そういうものはずっと持ち続けていたいと思うよ、私はね。

2016年1月16日土曜日

展示のお知らせ

1月26日(火)〜31日(日)
愛知県名古屋市、大須のロジガレモノコトで大学の同期生の鈴木一輝くんと「薄荷」という2人展をやらせていただきます。
写真とテキストの展示で、鈴木くんが写真を撮って私がテキストを書きました。
どこにも出していない、薄荷のためのテキストと写真です。
みなさまご都合あえばぜひ足をお運び下さい。

---

2人展「薄荷」
会場 ロジガレモノコト
住所 名古屋市中区大須2-13-17
会期 2016年1月26日(火)から31日(日)まで
時間 12:00から19:00まで(最終日は17:00まで)

---

鈴木くんが気合いを入れてHPも作ったので、ぜひ見てください。
会場ではアーカイブとして冊子も販売する予定です。
私は名刺も兼ねてフリーペーパー「鞭と四年」を配布します。
よろしくお願いします。
   

2016年1月10日日曜日

死してなお一緒になれないものがあるとするなら、それはあなたたちと私だろう。
私は削り取られた水晶だ。そして真っ赤な炎だ。
あななたちの名前を呼ぶことにすら私は危うい尊さを見てしまう。
私は熱帯夜に眠る鳥の翼だ。そして鉛の弾丸だ。

連なりのないばらけた幸福が私の喉を詰まらせる。
私には表面のことしか分からない。
自分の中身をえぐりえぐって流す血がなくなった時に
初めて他人を愛せるのだろうか。

やわらかい頬だ
あたたかい涙だ
優しい人に触れられておくれ
愛しい人のため
それは大切にとっておいてほしい


死してなお一緒になれないものがあるとするなら、それはあなたたちと私だろう。

2016年1月9日土曜日

最寄りの駅で中学生が自殺した。
その子にとって死が唯一の救いだったのだろうか。
なんにも知らないから無責任に祈ることはできない。
ただ考える。