2019年8月28日水曜日

世にもにゃんにゃんな出来事をお見舞いされた。月に代わってお仕置きすることができない私に代わって月がお仕置きしてくれないだろうか。いまそう思った。

火傷かなにかでべろべろになった皮フ(だったもの)をめくっていると正午になったので私はベランダにでた。ちぎりパンといろはすと胡瓜が投げ込まれている。今日は雨なのでビニール袋に入れてくれていた。ちぎりパンもすでにちぎってくれていた。ありがたやい。

胡瓜は食べられないので捨てた。食べるものが限られていても嫌いなものは嫌いでしかない。

2019年8月27日火曜日

「まいにちたのしい」

わけがない。

 我を通したかったら多少他人を傷つけてしまうことになるのは仕方ないと言ったのは私の方だったか。いまとなっては本当どうでもいいことだし、いまの私は早く死んでしまったほうがいいと思う。スーパーボールで会話してたら取れないんだって。ちょっと疲れた。鞄の中は相変わらずぐちゃぐちゃだし、履かなくなった靴の捨て方がわからない。構ってほしいような放っておいてほしいような、先日抜いた親知らず捨てるのなんか惜しい。出来合いのものしか食べられない。お酒は飲みたくない。えーと。ちょっと疲れてるだけ多分。これ鬱か?病は気から。ごもっとも!

2019年6月21日金曜日

取り返しのつかないことがおこってしまったり、あるいはそう思っていたとしてもあまりにもあっけなく杞憂に終わってしまったり、絡んでいた糸が突然ほどけてしまう、あるいはぶつぶつと音を立てながら切れてしまったり、そうかと思えばかたくかたくめちゃくちゃなまま結び目を作ってしまって、それがしこりとしていつまでも残り続ける。

たとえ分からなくたってそれを「分からない」と言って突き放すのは簡単だ。
ようやく分かって名前がつけられたとしても、呼ぶ名前があることに甘えてしまう。
そのうち、言葉で片付けられなくなったとき、どんなに絶望感と虚しさを抱えても、誰にも打ち明けられない苦しみが始まる。

2019年6月10日月曜日

同じような毎日に区別をつけていちいち言い当てるほどの言葉数は持ち合わせていない。何が好きで何が嫌なのかもよくわからなくなってきた。心なんて最初から存在しないのかもしれない。